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感謝呼吸実践会・新型インフルエンザ対策提供開始(実践者向)
2008・11・1〜

2009年08月25日

焦らぬ心を第一に

私たちの場合、まず第一に必要な態度として、「焦らない」ということを掲げています。

しかしながら、昨今の情勢を観察しておりますと、どうも人を扇動するようなメディアの報道が目立ちます。新型インフルエンザ、北朝鮮などの脅威、経済・金融不安と、枚挙にいとまがありません。

このような時代にあって、情報に翻弄されすぎる危険性を感じている人がどれだけいるでしょうか?特にこれからは、冷静であること、落ち着きを維持できることの価値が高まってきます。

たとえば、新型インフルエンザが、流行・蔓延している現状らしいですが、大切なのは過度の緊張や不安を心に蓄積しないことです。そういう心の癖、傾向がある人は、焦るスイッチが入りやすいですね。

用心するなとか、不注意でいいなどと言っているのではありません。健康に対する自信を持つことの方が、よほど大事なことです。

日頃から病気などしないから、病気になどなるわけがない、という過信ではありません。健康の自信はどこから生まれるのかと言えば、自分の体のことを観察するだけのゆとりがある、ということです。

自分の心身のバランスを観察できるということは、観察基準なり、指針を持ち合わせているということです。その基準はどこにあるのかといえば、自己の内側、内部ですね。他人(特に医者)に言われて大丈夫だ、などという感覚では、おぼつかない。

そして、ふつうは誰でも、ある程度それを分かっているのですけれども、なかなか確信として理解できないでいるのが現実なんです。不確かな部分がありますが、それこそが不安や恐怖感が付け入るスキになります。

一つの基準として、憶えておいていただきたいのは、呼吸の乱れは心身のバランスが崩れているというサインです。心身のバランスが崩れる、ということが病気だということではありません。情報を受け取る側の姿勢として、それを受け取った時に不安や恐怖で身がすくんだり、身動きができなくなるという事態も含んだ、心身の形態を指しています。

ただ、それが原因で心の停滞が生まれ、肉体にも影響を及ぼしているのは間違いありません。病気の因というのは、ほんとに気づきにくいのです。

たとえば、今度のインフルエンザ騒動を見ていて、何を感じるかというと、「おおげさな!」ということです。もちろん、なめているわけではありませんが、あまりにも対策がお粗末であり、もうどうしようもない、という臭い演技にも似た扇動パターンを持っています。私は、きわめて冷めた見方をしています。

人によっては強烈な恐怖感から、病気になったような錯覚を起こす人もいます。疲労やストレスが溜まっている場合、心は逃げ腰になりがちです。そういう人は潜在的に病気になりたい意識がムクムク湧いてきたりします。そういうところに、病魔は忍び寄るわけです。

どうしてパニックを引き起こしたいと感じられるような、報道姿勢なのでしょう?なぜ、人々の心を安定させる対策が練られないのでしょうか。このようなことをすでに3,40年やりつづけているわけです。

でも、かなりの人々は見破りかけていますね。テレビや新聞、悪質な情報を流すウェブサイトなど、あまり見ないという人が増えてきました。落ち着きを取り戻す人が増えてきた何よりの証です。

焦らない心を涵養することは、自分にとって正しい判断をする最も効果がある方法です。そのために、呼吸の動きを見つめていただきたく思います。そして、呼吸を楽しむくらいまで達することができれば、健康は自分の内側から生まれるものだと自覚できるはずです。
posted by そうだ at 00:00| 新型インフルエンザ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

地球の細胞

芸能界の騒動はいやおうなく私たちの耳目を集めていて、今回の覚醒剤事件は、そんなのとは全くの無縁を表面的に装っていた人物の逮捕だけに、ショックも大きいと言えます。彼らだけではなく、今後も明るみに出てくる人物がいる可能性は高いでしょう。

こういう実態が私たちに何を訴えているのか、よく考えてみたいのですが、基本的に覚醒剤などの麻薬等がどうしていけないのか、そこが明確になっていないと、これからも後を絶たずに手を出す人、被害にあう人が現れるでしょう。

たとえば、自分自身に倫理観があったとしても、仲間がそういうものをコソコソと使っていて、誘惑の手が伸びてきたとしたらどうなるでしょうか。なかなか手を切れない相手がそうなら、不本意にも侵食される危険性はあるかもしれません。

肉体的な興奮を感じ、気分が冴え渡る、それをもよおす効果が薬物などで簡単に手に入れられる。たぶん、それが覚醒剤などの魔の魅力なのだと思います。常習の深みにはまることによって、しだいに心身に壊滅的な被害をもたらす怖ろしさ。善いか悪いか、それを天秤にかけて判断するチカラは完全に失われるのでしょう。

こういうものを販売して利益を上げている闇の組織が存在しているのは、誰が見ても間違いありません。そういう手合いと警察や当局とのいたちごっこが連綿と続いているのは、利益構造に循環性が根を張っているからです。たとえ誰かを逮捕拘束しても、次から次へと誰かが手を回す仕組み。まるでアメーバかウィルスが、スキを見つけて増殖しているようです。

一度自分を見失った人がそれにはまりこむと、必要にかられてさらに深みをさまようことになる。悪いこととは思いつつも、しだいに正当化をはじめだすのが習い性というものです。今度は自分が積極的に、他人に促す側に回ることになるのでしょうね、怖ろしいものです。

普通の生活を送っているわれわれには、何がよいのかさっぱり訳が分からないのですが、ある意味では、非日常性を突く誘惑の魔力もあるのかもしれません。心の隙を埋める、さびしさを紛らわす、頼りない自己観を強化したいという本能的な心の動きと無関係ではないでしょう。

華やかな芸能世界の緊張感がどんなものかは知りませんけれども、それを言い訳に麻薬、薬物などに手を染めるくらいなら、潔く身を引いたほうが自分のためです。



ふだん、テレビなど全く見ない私も、ネット上でもいやおうなく垂れ流されている今回の騒動を見て、さすがに辟易というか、気分が悪くなりました。こんな私でもそうなるということは、テレビに首輪をかけられている人たちは、心理的な汚染もけっこうひどいんじゃないかな、と思います。

私たち人間は、大自然に癒されている存在ですから、都市型の生活で疲弊した心身をふだんからケアする必要があります。東京など大都市圏での生活は、じわじわと疲労を溜め込んでいることに気づくべきです。

慢性的な疲労が取れないという人は、大自然のふところには入って、戯れてみる時間を多くとったほうがいいでしょう。

私たちの肉体を作っているのは、人工的な化学物質ではなくて、自然界の恵みです。地球の育んだものを食べて成長してきました。

人間は地球の細胞なのです。コンクリートで地球との隔たりを作った都市世界では、地球の細胞である人間の生命力は衰える一方です。

60兆もあると言われる人間の細胞が、自分の望まぬ方向に変化すれば、強い違和感があるし、ひいては病気として認識することになります。ガン細胞として日々増殖している細胞は、白血球がしっかりと処理してくれています。

しかし、それが限界を超えて溢れ出してくると、免疫力の低下とともに、重い症状として現れます。

だとしたら、地球の細胞として生きている人間は、地球の心、地球のリズムに同調する方向に向かなければ、「ガン細胞化」するのではないでしょうか。

私たちの健康は、地球の健康からもたらされています。健康な地球は、一人ひとりの「細胞」としての自覚があってこそなしうる成果ではないでしょうか。
posted by そうだ at 00:00| 健康の新基準 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

賢い医師選択

現代医学は、一定量の病人を確保していなければ維持発展できない構造になっていますから、定期的なネガティブキャンペーンを張っています。独自に健康を確立できる人が増えては、その権威を活用し得ないわけです。近年のメタボリック症候群や疫病騒ぎの背後には、そういう意図が見え隠れしています。

また、喫煙に関してはどうでしょう?

政府が禁煙啓発に対して腰が重いのは、喫煙者がいることで病人をかなり量産できる上に、税収もあがるという重層な利益構造があります。真剣に国民の健康を願っているとしたら、一刀両断でタバコの販売など止められるでしょう。

ちなみに、私たちの「呼吸で禁煙」という禁煙方法は、基本的に人間の持つ自己治癒能力、自己回復能力に働きかけ、できるだけ喫煙時の快感情報を忘れさせ、そして自分の呼吸によって新たな快感情報を脳に伝える仕組みになっています。

何十万人もの喫煙被害が現実にあるというのに、これに関して具体策が極めて乏しいのは、人の自由を侵害できないという表面的なことよりも、国家の利益が優先されているようです。

もちろん、全ての関係者がネガティブな思惑を持っているわけではありません。ある意味では、自然にそういう構造になり果てています。かつてのタバコに対するイメージ戦略が、しだいに蔑視されてきた経緯もあります。しかし、まだまだ不充分ですから、延々と喫煙被害は続いてゆくでしょう。

問題なのは、人間各自が自分の体を信頼しきれないという思考パターンです。どうしてこういう事態が長々と続いてきたのか。これはもたらされる情報をしっかりと吟味せず、鵜呑みにしてしまうことに起因しています。

新聞・ラジオ・テレビなどの普及によって、さまざまな情報が視覚聴覚を通して、伝達されてきました。私たちはあまり疑いもせずにそれらを飲み込み、情報メタボ状態が続いています。これによって混乱した脳が、処理能力の限界を超えて、さまよえる漂流者を量産しているのです。そういう人々はコントロールされる対象者です。

健康に関しては、自己信頼をベースにした対策を「自ら」作り上げるしか、根本的な解決にはならないでしょう。信頼できる医師を探せばいい、とはいうものの、どんな医師より自分の健康状態を知っているのは、自分の体なのです。

医師からもたらされる情報というのは、ここ数十年の医学的な知識を元にした、客観的な判断材料です。経験値ですので参考にはなりますけれども、活かすのは自分です。そういうスタンスを持っていないと、言いなりになって取り返しがつかなくなるケースもあります。多発する医療事故などを見ていると、もはや最終段階です。

私たちから見て、信頼できる医師の基準というのは、どれだけ患者の治癒能力に訴えかけているか、というポイントがあります。

具体的には、患者を怯えさせたり、不安がらせたりするような連中はもってのほかです。安心できる雰囲気をかもしだしている人、そして、自立をしっかりと促してくれる人です。そういう人は基本的に明朗さ、明るさがあります。

医療の世界を見ていると、医師数と患者数のアンバランスが常につきまといます。儲かる儲からないが科目選択の基準になり、異常な偏りをみせています。ついでに言えば、患者予備軍である私たちも、もうそろそろ目覚めて、しっかりとした健康対策を立て、生活環境を整える必要があります。
posted by そうだ at 00:00| 呼吸で禁煙!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

日本の宿題

私の、いまは亡き祖母の記憶が、毎年8月6日によみがえります。というのも、1945年8月6日の朝に見たという異様な光景を語ってくれたからです。

私の実家は香川県まんのう町というところにあります。瀬戸内海からは少し離れていて、山間の地域です。石段で有名な金比羅山がある琴平町に隣接します。また満濃池という日本一の溜め池がある町でもあります。

それはいいとして、祖母が終戦間際のこの日に見たのは、おそらく原子爆弾が投下された広島方面の空のことでしょう。

「夕焼けみたいな空」という表現や「変な雲がわいていた」という表現。こういうことを幼い私によく聞かせてくれていました。

私は祖母の話を聞くのがとても好きでしたので、祖母も興にのっていろいろ話してくれたのでしょう。まあ、かなり不思議なレベルの話もあります。そんななかでも、8月6日のことは祖母もしんみりと語っていました。

後に、それが原子爆弾という「米英」の新兵器で、広島の壊滅的な被害を知って驚き、まもなく終戦を迎えることになります。相前後して、祖母の人生も大きく揺れ動いた時期でした。明治女の激しい気性も手伝い、夫と別れ、女手一つで子どもたちを育てていたわけです。

先般、アメリカのバラク・オバマ大統領が核兵器廃絶のために、勇気ある宣言をしました。記憶に新しく、とてもすがすがしい行動だと思います。広島長崎の人々にとって、あるいは平和を願う世界中の人々にとって、どれほど心を打ったか、計り知れないと思います。

日本が侵略されるだの、植民地化されてしまうだの、アメリカは守ってくれないだのと騒いでいる人々がいますが、どうしてそんなに人々を恐怖に縛り付けようとするのでしょうか。恐怖支配の構図こそが戦争の最大の引き金です。もっとも大衆を洗脳支配できるシステムなのです。

9・11の同時多発テロのあと、アメリカをはじめ世界中のメディアは一斉にアルカイダとその一味の仕業だと喧伝し、恐怖に沈んだアメリカ国民を一気に戦いモードに扇動しました。あげくの果てにブッシュ政権はイラクに言いがかりを付けて、中東を戦火と憎しみの街に変えてしまいました。

ブッシュ前大統領は退任の際、「最大の間違いは、イラクの大量破壊兵器存在の誤認」と、愚かしくも言い放っています。その誤認のおかげで中東はどうなっていますか?アメリカの若い兵士や中東の罪なき人々の命をどう考えているのですか?賢明なるオバマ氏は、さっそく米軍の撤退を開始しました。

オバマ大統領の就任以降、イスラエルの無謀なパレスチナ攻撃はピタッと止みました。これは何を意味しているのでしょうか。与(くみ)しやすい大統領ではないのでしょう。さすがにアメリカの後ろ盾がない行動は取れないでいる状態なのでしょう。

このアメリカの後ろ盾、という意味で似た国がありますね。そう、日本です。

終戦後、アメリカにほぼ隷属状態の日本政府は、その後ろ盾を駆使して、国家の経済を世界第2の地位にまで押し上げてゆきました。おそらく、世界中の国々が日本の戦後復興を奇跡と見ているはずです。戦いに大敗した、アジアの大陸のはずれにある小さな島国に、どうしてこんなパワーがあるのか。もし私が他国の人間だったとしたら、不可思議きわまりない現実だと思えるのです。

この日本の繁栄が、朝鮮半島や中国大陸にまで波及し、アジアの近代化の流れを促進しました。基本的に欧米に対して敵意を持つ中国・朝鮮は、日本を介して西側の文化を受け入れてきたと言えます。

覇権主義的な思想を持つ中国政府は、13億の人民、そして多民族という国家の足並みが全く揃っていないために、その実力行使ができないでいます。内部の混乱が如実に表面化してきているために、外に向かいたくても足踏みしているわけです。もし、国民一丸となっているとしたら、さらに大きな影響力を持つ国家となることでしょう。

しかし中国は、イデオロギー上、内部止まりです。相次いでいる大小の暴動、三峡ダムの決壊の懸念、疑心暗鬼の共産党内部の関係などにより、対外的には虚勢を張るしか手がない状態です。

ただ、中国政府のねらいは、日本を仮想敵国として、国民意識をまとめ上げようとしてきた経緯は散見できます。目の上のたんこぶ的な日本という存在を叩いていれば、国民の意識がまとまってゆくだろうと踏んだわけですね。

中国は、日本という国がこちらにおもねる姿を見続けていたいのです。かつての朝貢の歴史は、彼らの遺伝子レベルにまで浸透しています。ですから、日本という国を認めるわけにはいかない。それをするくらいなら戦うしかない、という論理です。

そんな思惑をよそに、日本の国力はどんどん高まります。彼らには、高みにある日本に見下ろされているような錯覚があって、その嫉妬といらだちが日本に対する率直な感情なのです。日本人が中国に対してそれほど強い関心を示さないのも、いくらかのゆとりがある、悪く言えば奢りもあると思います。

いまにして思うと、日本という国の微妙なバランスの上に立つ存在感は、ほんとうに不思議です。西洋と東洋のつながりを絶妙に使い分けています。

戦後復興を終え、さらに先進国としての地位を確立した日本は、あとは国連の常任理事国になることが目標とばかりに、政府、外務省などは色めいていますけれども、大した意味はないように思います。無理して上にのぼろうとするより、もっともっと世界中と調和しようとするほうが国民意識も啓発されます。

原爆の唯一の被爆国として、私たちが背負っている宿題は、目に見えませんが大きいようです。分断されてきた洋の東西、民族の対立を橋渡しして、世界の平和に絶大な貢献をする国であってほしいと願うばかりです。他人事にしないよう、私もできることをコツコツやっていこ!
posted by そうだ at 00:00| 感謝呼吸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

丹田呼吸の注意点


丹田呼吸法を実践するにあたって、一番気をつけたいことは、スムーズに呼吸できるまで焦ることはない、ということです。

丹田というのは、ヨーガで言うところのチャクラ(第3)にあたります。簡単にいうと、心身の交点のようなもので、それがピッタリとかみ合っていないと、呼吸は乱れた状態が続きます。

このかみ合わせに要する時間が、丹田呼吸の難しさを演出していますから、じっくりと焦らない心を養うことが、丹田呼吸の初期の肝にあたります。

この実践を続けていくうちに、本当にさまざまな「気づき」が押し寄せてきます。心身がアンバランスなままに生活しているうちは、絶対に気がつけない事柄に出くわすでしょう。

たとえば、さまざまに巡らす心、思考、意識というものがありますが、何気なく思っていると感じている思考も、実は「思わされている」のが真実です。自由意思と言いますけれども、多くの人が不自由な思考に縛られていて、自在な心のチカラを発揮できないでいる状態です。

日常的に「〜しなければならない」という、負担の意識が強い人の視野はとても狭いのが特徴です。これは、戒めにがんじがらめになっている宗教的な人格に多く見受けられます。ですから、目の病気に罹りやすい。視力が弱くなっているはずです。

あるいは、怠惰な生活を送っている人は、肉体の安逸に興味が注がれていますから、周辺の状態は雑然としています。ひと言で言うと締まりがない、のです。人体の締まりを作るのは肛門ですが、ゆるんでいます(笑)。こういう人の場合、痔になりやすいのです。

これらは、両極にある人の例です。こういう人たちを見ていると、たいていは呼吸が乱れています。呼吸の乱れが心と体のアンバランスを招くという悪循環です。その原因というのは、心身の不統一、生活の未調整にあるのですが、それが分からず悶々と苦しんでいる人が、現実には数多くいます。

私たち人間には、絶妙なバランス装置が内蔵されています。セグウェイどころじゃありません。この装置の管理に長けている人は、その鋭い感覚のチカラを生活に活かしています。いわゆる予知的な感覚が磨かれてきますから、さらに人生を充実させる方向に向けているわけです。

そういう意味で、丹田呼吸法の実践は、すばらしく効果が上がると言えます。特に呼吸を意識しなくても、丹田という人体のほぼ重心になる位置を探りだしているだけでも、乱れた意識が収束してゆくことがあります。

丹田呼吸は、単に健康によいという呼吸法ではなく、まさに心と体の神秘をひもといてゆくための呼吸法です。
タグ:バランス
posted by そうだ at 00:00| 丹田呼吸法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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